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ハウスワイフはライター志望(22)——おかあさん、夜、どんなお仕事をするの?

専業主婦から出版界で活躍するライター、編集者へ! 森恵子の再就職奮闘記「ハウスワイフはライター志望」第22回。
もっと自分自身を発揮できる仕事がしたい!——出版社に営業に行って、ついに企画も請け負うきもの雑誌の編集者に! 活躍の場が広がって充実の毎日なのだけれども、やはり、気になるのは子どもたちのこと。

目次

編集の仕事はオン・ザ・ジョブ・トレーニング

広告タイアップを始めて半年ほどたった1989年の秋、私はふたつの出版社に営業に出かけた。もっとストレートにお互いの意向がわかる、あるいは議論できる場所で仕事をしてみたくなったのだ。

ひとつめの女性誌の担当者とは、相性がよくなかった。
ふたつめは、前年の春のきもの雑誌とは違うきものの編集部に出向いた。女性デスクにOKをもらった。1週間後にはその雑誌の取材をしていた。
やっぱり、私には「きもの」しかないのだろうか。そんな贅沢な声には耳を傾けないことにした。

この仕事で、私は編集者、スタイリスト、コーディネーター、そしてライターをする。
編集の仕事はオン・ザ・ジョブ・トレーニング
つまり、仕事をしながら必要に応じてデスクに学ぶ、そんな具合だった。

半年足らずのうちに自分の企画でシリーズを始めることができた。
キャスティングが2日前まで決まらずヒヤヒヤし、子どもたちが作ってくれたテルテル坊主を祈るような気持ちで見上げ、カメラマンと歩調が合わず夜更けに「クソーッ」と叫び、撮影協力先とのトラブルにひたすら頭を下げる。

それでも私は嬉々としていた。

でも膨大な時間拘束とふんだんすぎる仕事内容に較べて、報酬はほんとに割りが合わない。
とくに広告タイアップとは較べものにならない。満足度と報酬は反比例するという、「仕事の法則」なんてものも世の中にあるのかもしれない。

1990年の秋、ロケが深夜になった。
そんな日、夫はできるだけ仕事の都合をつけて、早く帰宅することになっている。私がきもの雑誌の仕事で遅くなることは、子どもたちに言ってあった。

次の日も、撮影用のきものや小物の返却で1日が過ぎた。
その次の日はほかの仕事が入った。
2、3日がまたたく間に過ぎる。

夜遅く、どんなお仕事をするの?

外に仕事に出かけて夕方帰宅すると、私は着替えもせず夕食を作り始め、超スピードで夜の主婦の仕事をこなす。

早送りのコマのような夜の家族との生活をしながら、頭の片隅でユミが気になっている。
元気がない。甘えん坊のユミが寂しがっている。

でも早く主婦の仕事を終えなきゃ。
今夜はレイアウト出しのための最終コンテを書かなきゃならないんだし。

夫がいつもより早く帰宅し、私たちは久しぶりに平日の夜、揃って夕食を食べた。
私は、シメシメと思っている。
これで早くラフが書けるぞ、と。

夕食が終わると、私の斜め向かいに座っているユミが聞いた。
「おかあさん、この間、お仕事が夜中になったでしょ。どんなお仕事だったの」
「きものの本のお仕事よ。言ったでしょ」
「夜遅く、どんなお仕事をするの?」

私は、その日受け取ってきたポジをライトボックス(ポジフィルムをはっきりと見るために後ろから光をあてる機械)に載せた。ユミを膝に座らせ、私の隣の椅子で本を読んでいるシンにも声をかけた。

「ほら、きれいでしょ。できたてのホヤホヤ。見てごらん。この写真もこの写真も、夜でしょう」
ユミとシンは、ライトが当たってカラー写真そのままのようになったポジを見つめた。

「キラキラ光って、きれいね」
ユミが言う。
「きれいでしょう。これ、夜の11時ごろだったのよ」
深夜のロケになった理由をシンとュミに説明する。

ふたりは「なるほど」と言うような表情をする。
シンはまた本を読み始める。
ユミは私の膝から離れたくないらしく、もう度ライトボックスをじっと見つめる。

「おかあさんは、どのきものが一番好き?」
「うん、これかなぁ。でもこれも、これも好きよ。ユミちゃんは?」
「これかなぁ。でも、ユミ、きもの、嫌い」
「あーら、そっ。おかあさんは、こんなきもの、着てみたいなって思うけど」
「おかあさんが好きなら、着れば。ユミは、きゅうくつなの、イヤ」

1年中半ズボンの保育國生活で、ユミはヒラヒラしたフリルや、スースーするスカートと無縁になった。ユミが将来、着飾ることだけが無上の喜びの女になる可能性は少なそうだ、と私はニンマリする。

夫は夕食の食器をかたづけながら、私と娘のやりとりにニヤニヤしている。

家事と仕事の隙間に

そう言えば、いつかこんな光景を人から聞いたことがある。
あの公民館の講座で助言者が言っていた。
娘を膝に乗せて、その日の仕事の話をするんですよって。

なんだか、すごーいカッコつけてる、と思ったのは私の僻目だったかしらん。忙しさが一段落したら、子どもを大あわてでギュッと抱きしめて、ついでに仕事に対する理解を深めて——それでつまり、この方法に落ち着くらしい。

「お風呂、一緒に入ろうか」
そう私が言うと、膝の上のユミも私の横にいるシンも、「ウン!」とうなずく。食器をかたづけながら、夫は「そうだね」と言う。
夫とシンが入ったバスタブに、私とユミが隙間を見つけてパズルのように入ると、お湯がざぁっとこぼれる。

シンとユミが寝た。夫は洗濯機を回す。私は最終ラフを仕上げる。リビングの向こうで夫が洗濯物を干しているのが見える。「手伝うわ」と、私も洗濯物を干す。湿った下着を手に持って、私は言う。

「新婚時代もあなたのことが大好きだったけど、今はその何倍もあなたのことが好きだなあって思うわ」
「ぼくもそうだよ。今の君のほうが、ずっと好きだよ」

仕事が一段落した夜は、こんな歯が浮くセリフのやりとりが結構本気であったりする。
(次回に続く)

バリバリ仕事をこなしているけれど、それでも「女性」であるがゆえにカチンとくることはいろいろあって……。どこまで譲るか、何を主張するか。難しいところです。
Vol.23:「アタシを誰だと思っているのッ!」は、2024年3月公開予定です。
これまでの話はこちらのサイトで読めます↓↓

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