専業主婦から出版界で活躍するライター、編集者へ! 森恵子の再就職奮闘記「ハウスワイフはライター志望」第24回。
「嫁の務めは第一に夫の世話、そして子供を立派に育てること」そう主張していた人も、イキイキと働く恵子の姿を見ることで、少しずつ変化が……。
変化の兆し
義母はあの七五三以来、ユミの保育園のことをあれこれ言わなかった。保育園入園のときには「おめでとう」と言い、秋にはユミの運動会に応援に来た。
「楽しそうにやってたわね。担任の先生もほんとに子どもが好きみたいで、よかったわね」
義母はそう言った。
翌年、1989年5月の連休。
私たちが夫の実家に泊まりがけで行った夜、私は義母とふたりで話していた。
ふと話がとぎれたとき、義母が少ししんみりした口調で言う。
「このごろ、あなた、とても生き生きしてる。あのときはあなたを泣かせてしまったけど、今はおじいちゃんと話しているのよ。ああやって若い人たちは、ふたりで子どもを育てていくんだねって」
「ほんとにあのときは」と義母が続けかけたので、あわててしんみりを打ち消した。誇り高い彼女がこんなふうに言う日が来ようとは、あの日、想像もつかなかった。見事な人だ、と思った。
それからも彼女は、私が働くということを、働いているという現実を受け入れようとしていた。理解しようと努めてくれていた。
でも、ときおり頭の中だけでは処理できない事態も起きる。
旅行と仕事、どちらが大事⁉︎
9月に入ったころ、電話があった。秋の連休に一緒に旅行に行こうという誘いだった。今まで一度も私の仕事の都合で、彼女の誘いを断ったことがなかった。が、そろそろ言ってみようと思った。
「その日は、あのぅ、私に講演会のようなものが入っているんです。もう公募は済んでいますから、日程を変えることもできませんし。ただ日曜日の午後ですから、私だけ一足早く東京に戻るということでよろしければ」
「私たちと旅行に行くことと、講演会と、どちらが大切か、あなたもよく考えてみなさい」
一旦気に入らないとなれば、この人はとてもキツイ言葉を吐く。
私は心の中ではっきりと答える。もちろん、講演会のほうです、と。
だけど、やっばり言えずに黙ってしまう。
「リョウのほうは、どうなの?」
私は彼のカレンダーを見に行く。
「リョウさんのほうも、会社の運動会が入っているようです」
「そう、それなら仕方ないわねぇ」
受話器を置いた後、私はあんまりじゃありませんかっ、と憤る。
よよと泣き崩れず、憤れるほど私は強くなった。
そして夫の帰宅を待つ。
「どうして、あなたが会社の運動会なら仕方がなくて、私が講演会ならどっちが大事なのかよく考えなさいって、言われなきゃならないのよ! 自由参加の運動会より、仕事としての講演会のほうが大事に決まってるじゃない!」
「そりや、そうだ」
夫の明快な答えに、いまにも切れそうになっていた感情の糸がゆるむ。こんなにちゃんとモノがわかるオトコが、そばにいるんだから、マッ、イイカッて。すると、夫は言う。
「どうして、ぼくの都合を先に言わなかったんだよ、そうしたら、おふくろだって、何のかの言わなかったのに」
「もう、イヤなのよ。私は家族行事に都合のつく範囲でしか仕事をしてません。いつでも私はOKですっていう顔するの」
夫は私らしい言葉だと、了解の顔をする。
それから、ふと思いあたったように聞く。
「講演会の講師だって、はっきり言ったのか」
「講師というほどのものじゃないから、そうは言わなかったけど」
「講演会を聞きに行くと思ったのかもしれないぞ。そういうことは、はっきり言わなきゃ相手はわからないんだから。おふくろは仕事をしたことがないし、それに一緒に暮らしているわけじゃないんだから、君の仕事のこともよくわからないんだよ」
夫の推測どおり、義母は私が仕事関係の人と講演会を聞きに行くと思っていたようだった。こういう場合、夫と義母は口裏を合わせる人たちではないと、私は信頼している。
それから、私はなるたけ仕事の話を義母にすることにした。あのインタビュー記事もこのエッセイも、きれいなきもの雑誌も彼女に見せた。
義母は私の仕事を今度は本当に理解することができた。
変わらないと思っていたら、何も変わらない
翌年の秋、義母は自分の関わるある催しに、仕事先の担当者をお呼びしたら、と言った。
担当者と一緒に出かけた。義母が担当者に挨拶をし、それから私のことをどう呼ぶべきか少しためらっているふうだった。
「……この子も一生懸命やっているようですので、どうぞよろしくお願いします」
義母はにこやかに、そして心からそう言った。
「変わらないと思っていたら、何も変わらないのよ」公民館で反発とともに聞いたあの言葉は、本当の言葉だったのだ。
私が変わるにつれ、変わってくれたこの人となら、これからもやっていける。
これからもやっていこう。
私を嫁としてでなく、人として仕事を持つ女として認めてくれたこの人を愛そう。
いつも申し分ない関係ではいられないかもしれない。でも、この日があったことを忘れずにいよう、と思った。
ライターとして、そして編集者としてバリバリと仕事をこなす日々。やっと、やっとここまでたどり着いた。でも、私が本当にやりたいことは? 次回はいよいよ最終回! 第25話「私の夜更け」は、2024年5月公開予定です。
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