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ハウスワイフはライター志望(20)——彼女にはやっぱり、真珠のネックレス!

もり塾塾長森恵子の再就職奮闘記 専業主婦からプロのライターへ

専業主婦から出版界で活躍するライター、編集者へ! 森恵子の再就職奮闘記「ハウスワイフはライター志望」第20回。
今度の仕事は有名映画関係者とあこがれのエッセイストの対談をまとめること。しかも場所は超高級レストラン! ウキウキして出かけたけれど、対談はなんだかおかしな方向に……?

目次

取材場所は、帝国ホテル近くの高級レストラン!

師走に入った。
カメラの本の追取材を大急ぎで済ませて、スタジオで初めてモデル撮影の立ち会いをすることになった。

スタジオ撮影の経験のない私がディレクター? 世の中、信じられないことが次々起きるものだ。「わいふ編集部の紹介で」と5月に電話があった編集プロダクションの仕事だ。

そうそう、この仕事の打ち合わせに出向いたとき、タナボタ式にもうひとつ仕事が転がり込んだ。

某有名雑誌における某有名映画関係者と某有名女流エッセイストの対談をまとめる仕事である。ミーハーの私は、これら3カ所の某の前に「超」をつけたいくらいだが、あまりはしたないのでやめる。

師走の土曜の夕方、その対談は帝国ホテル近くの高級レストランで行なわれた。地下鉄から降りて夕暮れの中、編集者とレストランに向けて走りだした私は、なんだかそのまま宙に舞い上がって行ってしまいそうだった。

【理由の1】私は、今、仕事に行くために夕暮れの都心をカッコいい編集者と走っている
【理由の2】私がこれから会う女性は、アコガレのエッセイストである
【理由の3】私がこれから行くレストランは、たぶん仕事以外では行けそうもない場所である

ま、そんなところだ。

レストランの角部屋である広い個室からは、暮れかかった夕日と日比谷公園の常緑樹の緑が見えた。
そんな申し分ない背景の中で、某有名映画関係者と某有名女流エッセイストが揃った。

なんだかおかしな方向に???

さて、対談が始まった。
テーマのもと、司会をたてずにふたりが話すに任せるということだった。私はテープを回しながらメモを取る。

ドイツから帰国したばかりの映画関係者は、ヨーロッパの文化がどれほど豊かな土壌に培われたものかということを話し始めた。
とても長い演説だ。

が、イギリス暮らしの経験がある女流エッセイストの表情は、言っている。
ポテトテイストのドイツより、腐っても鯛のイギリス。
それなのに、ヨーロッパの文化を「ドイツ」から話すなんて——。

この組み合わせ、ひょっとしてまずいんじゃない? 
なんかアブナイ気がする。
もう今さら、どうにもならないことだけど。

彼の演説がやっと終わり、次に彼女が話し始めた。
彼に較べれば、ウンと説得力のある内容だ。
しかし、彼は承服しない。
「ほんとに、そうですね」の一言くらい、言ってもよさそうなものを。

そのうち、彼は妙なことを話し始めた。
日本の土地問題、税制問題、先端技術。
延々と続ける。

掲載する雑誌の傾向を少しは考えてモノを言ってほしいものだわ。
それに内容がとても変だ。

メモを取りながら、私は彼の話がとんでもなく変な理由について想像してしまった。

財界人、政界人たちが集うパーティーで、カクテルグラス片手に彼は専門知識を仕込む。
彼はほろ酔い加減の専門知識をさらにアレンジしてこの場で滔々と披露している⁉

話がそれっぱなしにそれて、彼が実父の礼儀正しさを誇らしげに話したとき、エッセイストは笑いを含んだ声で言った。

「まぁ、そういうときもお父さまは盛装なさったんですか」
彼女のもうひとつの言葉である表情はこう言っている。
「たいしたイナカモノでいらっしゃったこと!」

こうしてエッセイストは自分のまっとうな意見に一度も同意しない彼に、「鼻先で嗤う」という行為でカタキをとった。

とうとう編集者が口をはさんだ。
「もし、おふたりがお互いにプレゼントを交換するとすれば、何をお贈りになりますか」編集者がそう言ったとき、今度は映画関係者がエッセイストに言った。

「そうですね。××さんには、やはり真珠のネックレスでしょうか」
彼女の首には、いささか光の鈍い真珠のネックレスが掛けられていた!
「うちのカミサンなんかが、真珠のネックレスをしたら、それこそブタに真珠ですからねぇ」

そう言って、彼は高笑いした。

彼の「ウチのカミサン」は超ド級美人である。
従って「うちのカミサン」は、モンゴロイド系の鼻をしたエッセイストより数倍高い鼻を持ち合わせている。
エッセイストはそう太ってもいないが、「うちのカミサン」のスラリに較べれば、中年体型であることは否めない。

しかしエッセイストはびくともしなかった。
彼女はもうカタキを打たなかった。

そのかわり、エレベーターホールまで送って「ご本を愛読しております」と言った私に、彼女はことのほかとんがった態度であった。

彼女が乗ったエレベーターが扉を閉じるまで丁寧なお辞儀を続けた後、私は支払いをしている編集者の側に歩み寄った。

彼の手に渡される大きな伝票をさりげなくのぞいた。
ルームチャージが2時間で5万円!
紅茶2杯とジュース2杯で7400円!

こうして、対談は終わった。
「無事」とはどうしても書きづらい。

去年の暮れと、たった1年でなんていう違いだろう

帰り道、編集者の少ない口数がもっと少なくなっていた。理由はわかっている。彼はげんなりしているのだ。
「あのふたりなら、もっとあったかい話が聞けるかと思ったんですがね」
ぼそっと言う。

しかし、あれだけ切り捨てざるを得ない部分が多いと、記事になるところを拾うのはかえって簡単だ。記事の分量に充たないという可能性もあるが、それはなんとか水増ししよう。最後もなんとかオチをつけよう。そう私は決心した。
その夜11時を過ぎたころ、レイアウトがFAXから流れてきた。

あの対談を4千字弱の記事にまとめあげるタイムリミットまで、あと40時間足らず。私は猛然とテープ起こしを始める。

月曜の朝、FAXを流す。
それからこわごわ編集者に電話する。
いつだって原稿を送ったあとの電話はコワイ。

電話の向こうで編集者の声が聞こえた。
「最高じゃあ、ないスか」
やったぁ! 
私、とうとうやったもんね。
仕事先から文章でおほめの言葉をいただいてしまった。
ああ、なんていい年の暮れだろう。
去年の暮れとたった1年で、なんていう違いだろう。
私、ライター商売、もうやめられないわ。

ほんとうは、ここまでにしたい。
でももうひとこと、付け加えねばならないことがある。
それからずいぶんして、ほかの編集者が私にこう言った。
「あの対談、結局何を言いたかったの。あまりいい出来じゃなかったわねぇ」

私の道は遠い。

(次回に続く)

女性雑誌から次々仕事は入ってくるけれど、ストレスも多い。「私って、文章下手なんじゃない?」と悩んでいたときに、箏曲の先生が上京してきて……。
Vol.21:「好きに始まって、「好き」に終わりますのんや」は、2024年1月公開予定です。
これまでの話はこちらのサイトで読めます↓↓

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