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ハウスワイフはライター志望(19)——いつか子どもたちが、読んで面白いと言ってくれるものを!

専業主婦から出版界で活躍するライター、編集者へ! 森恵子の再就職奮闘記「ハウスワイフはライター志望」第19回。
今度の仕事は小学校高学年向けのシリーズ本。「カメラ産業」の今を解説する面白い本を作りたい! しかも取材で初めての一泊出張。心は踊るけれど、子どもたちは、どうする??

目次

今度の仕事は「国際化の中の日本の産業」

求人広告先のプロダクションの社長もそろそろ、「自己啓発」の原稿で私をお見限りになるのでは、と恐れていた。それなのに9月に入るとすぐ、もっと大きな次がやってきた。

「国際化の中の日本の産業」シリーズ全15巻。
小学校高学年向けの写真構成の単行本なのだそうだ。シンやユミがいずれおもしろいと言ってくれるような本にしたい。ウン、ガンバルゾ!

「このうちの2巻くらい、持ってくれませんかねぇ」
ジョーダンじゃあない。1冊で充分。お釣りがくるわ。それにPR誌のインタビュー記事も連載で始めろっていうんでしょ。

なんだかよくわからないけど、私はこのプロダクションで売り手市場を展開し始めた。
私は「カメラ産業」を選んだ。

「企画は出版社のほうであらかた済んでいますから、あとはラフ・コンテだけなんです。3日後にお願いします」
「できないかもしれませんよぉ。なか2日しかありませんもの」
「いやあ、大丈夫ですよ」
恒例の「大丈夫」が私の頭上に降る。

帰り道、私の表情が厳しくなっているのがわかる。けれどもあのときのように、ただおろおろとはしていない。

私は家に帰って箇条書きの重要事項をじっくり眺め、それを取捨選択し、20に分けてタイトルをつけ、2日以内に絵を描き上げるのだ、と自分に言い聞かせていた。
夜更け、机に向かう。
何度も重要事項を読む。できそうだ。20項目を選択する。タイトルをつけ始める——。

社長はにっこり笑みをたたえ、また同じ言葉を繰り返す。
「いやぁ、いいですよ」
「ほめ育て」という言葉のほかに「ほめ使い」という言葉もあるのかもしれない。

ぼくだって、会社を休めるよ

取材の準備を始めた。
すでにとれているはずのカメラ会社とのアポはあやふや。調べてみれば箇条書きの重要項目の中に、大きな誤りもある。

これなら、初めっから任せてくれればいいのに。
私のひとりごとも次第に大胆になる。

取材を始める。
1988年10月26日は私たちの8回めの結婚記念日。
その日と翌日は、大阪のふたつのカメラエ揚の取材と撮影立ち会いの日になった。
初めての一泊出張だ。

一泊出張なんてうれしい!
だけど、子どもたち——。

保育園の送り迎え。
夫の帰宅時間まで、6歳と3歳の子どもだけで2日間も留守番をさせる決心は、とても私にはつかない。
一泊出張をいつもの仕事の延長線上におけず、私はひとりであれこれ方策を巡らす。

夫に「なんとかなる?」の一言が言い出せなかった。
夫の論文は遅々として進んでいないようだ。
それに、このところ休日は私の「借り」が込んでいる。

あの友人、この友人の顔が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
夫にさえ聞けないことをどうして友人たちに聞けるだろう。
いつものシッターさんも主婦なのだ。
彼女の都合が悪いことを知っていながら、やはりお願いはできない。

行き着く先はまたしても実家の母になった。
二卵性双生児のように仲がよかった母と私。
私のSOSには必ず応えてくれる、そんな甘えが私には残っていた。

母に懇願して手はずを整えた。
それから、夫と子どもに報告。
子どもたちは喜んだ。
夫の声は少し違った。

「おかあさんに遠いところ来てもらわなくてもいいよ。ぼくのほうは一日なら休めるから。あとの一日なら、ぼくが帰るまで誰かに頼めるだろ」

意外な夫の言葉だった。
それに夫の声は私が実家の母を呼ぶことにしたのを非難しているふうにさえ聞こえた。

「ぼくが子育てのパートナーなんだからね」と夫は今日、こんな形で明言したのだ。

「あなたは子育ての本当のパートナーじゃない」
私は何度も夫にそう言った。
夫にそう言いながら「子育ては私の責任」と、私は「責任取りたがり屋の主婦」をしていた。
私が現場責任者と育児や家庭運営をしていた。
今までの夫は、そんな私を好都合と眺めていたけど、「それって配慮めかした無視だ」と今日、態度で言ったのだ。

夫のそんな決意表明も、私の「そうなんだ」も決して早くはないけれど、夫の言葉はやっぱり、うれしい。

そして私は思う。
いつか、こんな大騒ぎをせず、夫の当たり前の言葉に感動せず、私ばっかり反省せず、泊まりがけの出張ができるようになりたいな、と。

一泊出張って、やっばりイイ!

出張の日がやってきた。
大阪のカメラ工場は、独身時代、私が教師をしていた中学校の三つ先の駅にあった。

なつかしい景色、なつかしい大阪弁。
どんな肩書きの名刺を差し出されても、私には彼らが身内の「オッチャン(おじさん)」たちみたいに思えた。

「シロウトの私にもわかるように説明してくださいね。小学生が対象の本なんです」
そんな私の言葉に彼らはうなずき、丁寧な説明をしてくれた。彼らはおっとりと親切だった。
そしてなつかしいミナミの夜。学生時代の親友と宗右衛門町、道頓堀、心斎橋——。
一泊出張って、やっばりイイ!

翌日、もうひとつの工場の取材を夕方6時に終えた。
夫に電話を入れ、7時の新幹線に飛び乗る。
車窓のガラスには夜の景色をバックに、お化粧は剥げ落ちているけれど、満ち足りた表情をした私の顔が写っていた。

「おかえり、お疲れさん」
玄関を一歩入ったところで、家の中がすっかり、とっても片付いているのがわかった。
子どもたちはもう眠っている。
リビングに入る。TVがついている。
「ほら、君の好きなドラマがもうすぐ終わってしまうぞ」
ホラ、ホラと急き立てられて、私はTVの前に座る。相棒は私の横に座る。

この人と暮らす前から、ずっと熱狂的なファンだった俳優が映っている。
でも、ちっともドラマに身が入らない。
私、今夜はドラマよりあなたのほうを向いていたいのよ。

「マサカズより、あなたのほうが、ずーっと好き!」

とうとう言ってしまった。
私の隣に座っている男は、そんなことはとっくの昔にわかっている顔をしようとし、うまくいかずに微かにテレた。

完璧目指して追取材!

カメラ工場での取材撮影はたった6ページ分。
私にはまだまだしなければならないことが残っている。撮影があと2回。そのほかは「アリネガ」といって既成のポジ(明暗が反転していないため、プリントしたときと同じ色に見えるフィルム)を使う。

私は口と手と足をフル回転させて、猛然とポジを集め始めた。
収集方法はいろいろだ。
「協カメーカー広報担当叱咤激励法」
「地縁血縁有効利用法」
「足繁く通って三拝九拝法」
「幻の写真を求めて幾千里」もあれば「瓢箪から駒」もあった。

こうして私の手元に、どっさりとポジが集まった。
11月末、締切り日に原稿とポジを届けた。
「いやあ、森さんだけですよ。締切りを守ってくれた人は。森さんみたいに、みんなどんどん動いてくれると、こちらはありがたいんですがね」

「それで、ご相談なんですが——。構成をネ、少しだけ変えてほしいんです。そうすると『国際化社会の中の』というタイトルがもっと生きる。そこに輸出用の船の写真を入れたら完全です」
それを先に言ってほしいわネッ。私の鼻息が急に荒くなる。
使い捨てライターだって怒るヨッ。締切り守ってこれじゃあ、これから先、締切り守ってやんないから!

まあ、しかたない。私にも心残りがひとつあるし。
「それで完全です」なんてコロシ文句がうまいんだから。

心残りの追取材で思いがけない拾い物をした。
ある研究者グループによる未来のカメラの想像図。
最後にこんなのに突き当たるなんて、私はなんて幸運なんだろう。レイアウトを手直ししても、入れるだけの価値はあるわ!

それを手に、意気揚揚、私はプロダクションに出向く。
「ほんとに、これだけ動いてくれると助かります」

フットワークの軽さを何度ほめられてもうれしくないの!
「押しの強さ」や「足の軽さ」ばかりほめないで、仕事先で誰かひとこと、こう言ってくれないかしら。
「森さん、文章、うまいですね」
そうしたら私、フライパンの上のバターみたいに、たちまちとろけてしまうんだけど。

(次回に続く)

次の仕事は、某有名雑誌における某有名映画関係者と某有名女流エッセイストの対談! でも話の流れはなんだかおかしな方向に……。
Vol.20「彼女にはやっぱり、真珠のネックレス!」は、2023年12月公開予定です。
これまでの話はこちらのサイトで読めます↓↓

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