専業主婦から出版界で活躍するライター、編集者へ! 森恵子の再就職奮闘記「ハウスワイフはライター志望」第4回。
「何不自由ない奥さんとしての暮らし」と「女の問題」の間で揺れつつも、
いよいよ「ライター」というアイデアが恵子の中に芽生えます。
揺れる心
講座の内容は充実していたが、進め方に不満があった。
臆病な羊たちに目隠しをして崖っぷちを無事渡らせ、目的地に連れていくようなやり方だと思っていた。
しかし私は講座の間じゅう、そのことを助言者にも担当者にも言えず、長い手紙を担当者にあてて書いたのは公民館に通い初めて2年ほどたってからだった。
彼女たちは愚かな若い主婦を教育するという使命感に燃えているように、私には見えた。
一方、17人の受講生の反応は3種類に分かれた。
進め方はもちろん、講座の内容に偏りがあるとして反発する人。
そういう人たちは、私よりもっと「動けない」状況を持っているように見えた。
「何不自由ない奥さんの暮らしをすることこそ私の幸せなのだ」と、彼女たちは自分に言い聞かせ、言い聞かせして生きている。
だから「あなたはほんとにこの暮らしに満足しているの?」と水を向けられるこの講座に、武装して猛反発している。
彼女たちの反発の理由を私はそう思った。
彼女たちは、かわいいわが子を育てることに専念できる自分の立場に本当に満足しているのだと言うかもしれないが。
講座の初め、自己紹介のときに「慟きたい」と言った人たちもいた。
そんな人たちにとって、助言者や職員の言葉はどれもストンと胸に落ちたし、彼女たちの使命感をもっともだと感じ、私のように講座の進め方がおかしいと思うことはなかった。
彼女たちは「進め方がおかしいと私は思わないけれど、あなたがそう感じるのなら言ってみれば」と勧めたが、たったひとりで「ものを言う」ことが私にはできなかった。
飛ぶのが、怖い?
後半の講座で優生保護法改案や「さくらんぼ保育園」の記録映画が取り上げられた。
表向きは「参加者ひとりひとりの問題を出し合って」。
だけど、ほんとはカリキュラムがある?
そのカリキュラムは助言者の示唆のもと、私たち受講生の中から要望として出される?
専業主婦はフェミニズムや社会問題に疎い。
あるいは拒否反応を示す。
そういうこともあるかもしれない。
だから、知らさず、さりげなく。
それって、いったいどういうこと?
あのもやや、背中に感じる姑の目が「女の問題」でなくて何だろう。
それくらいの自覚は私にもあるつもりだ。
講座が始まってまもなく私は『シンデレラ・コンプレックス』を読み、講座記録の後の通信欄に長い感想を書いた。
そういえば、独身時代の愛読書は『飛ぶのが怖い』だった。
しかし、自覚と愛読書には関わりなく、私の生活は「女の問題」に埋もれ、「変えられない、越えられない」とグチばっかり言っている。
そのことがまた「女の問題」なんだよって、自分に言い聞かせたりする。
私たち専業主婦がまっとうに自分の位置を見つめ、まっとうに生きるためには、「女の問題」を考えてみるってこと、大事だと思う。
そう思い続けた最後の講座で、私は言う。
「これから職員や助言者のかたたちがいなくなって、私たちだけでやっていかなきゃならないと思うと——心細いです」
彼女たちのやり方に不満を持ちながら、彼女たちなしではやっていけないと不安がる。
あるいはちょっとウエットになったその場の雰囲気の中で、負けじと不安がることが彼女たちに礼を尽くすことだと思い込んでいる。
それが私だった。
助言者はにっこり笑って言う。
「あなたたちだけで立派にやっていけますよ」
そう激励されて、私たちは半年間の講座を終えた。
私のやりたいことって……何?
いつものように公民館の中にある保育室へ子どもを迎えに駆けつけた。
「これからもよろしく」と保育者に口々に挨拶したあと、私たちは公民館の前を動けなかった。
子どもたちが走り回るのを気にかけながら、私たちは立ち話を始めた。
「あなた、何になりたい?」一人が聞いた。
「私、やっばり保母になるわ。働く女性を支えたいから 。この夏、保母試験を受けようと思うの」
「私はスイミングスクールのコーチがいいな」
「あなたは?」
とうとう私の順番が回ってきてしまった。
「私——? 私、書けたらなぁって……。テープ起こしでも何でもいいから、原稿用紙に向かっていたい」
「ライター、ね」
「そんな……。そういうわけじゃ、ないけど」
「なればいいじゃない。あなたなら、なれるわよ」
「えっ!」
ものを書くのは、昔からの憧れ。ロに出せば泡と消えるような気がする高嶺の花。
だから、気軽に「なれるわよ」なんて言わないで。私、生まれて初めて言ったんだから——。
それに私はもう15年も前に、仕事としてものを書くことをあきらめた人間だし。
才能なんかないって、書きためたもの、みんな焼いたりしてさ。
もう私はなんにも書かないなんて、一大決心なんかして。
ほんとに笑っちゃうほどブンガク少女してた。
もと文学少女の数だけライターがいたら、世の中、ライターであふれてしまう。
編集後記が講座記録より長くなったからって、それでライターになれるなんて、世の中、そんなに甘くないよ。
それに、今の私に仕事として何が書けるって言うの?
ライターは特別な仕事じゃない?
そのとき、一人が言った。
「うーん、ライターかぁ。それもなかなかいいわねぇ。私もそれにしようかしら」
そんなこと、簡単に言わないでよ。
さっきスイミングスクールのコーチがいいって、言ったじゃない、あなた。私、ずっと昔から、そのひとことが言えずにいたんだから!
でも、東京生まれの人ってやっぱり違うな。
どんな職業でも手の届かないものはないって思えるんだから。
受講生仲間がいとも簡単に「ライターもいいな」と言ったおかげで、田舎者の私はふっと気がついた。
もしかして、ライターって私が考えているほど特別な仕事じゃないかもしれない!
(次回に続く)
次回Vol.5は「 再就職は契約違反?」(2022年8月下旬公開予定)
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